2016年12月29日

ダニエル・リベスキンドの建築

彼は、1946年にポーランドのウッチに生まれ、1953年よりアコーディオンで小さな天才としてポーランド国営テレビに出演した。これがニューヨークの「アメリカ・イスラエル文化基金」の目に留まり、奨学金が提供された。
1959年に渡米して、「ブロンクス科学高校」に入学し、1965年の卒業する年にアメリカの市民権を取得した。
その後、「クーパー・ユニオン大学」に進学して1970年に卒業して、建築の学士号を得る。
1972年には、「エセックス大学」で歴史学と建築理論の修士号を取得した。
当初は、建築評論や、建つ見込みのない建築案に関するドローイング「マイクロメガス」(下の図)などで有名である。

マイクロメガス.jpg

脱構築主義の建築思想家、「建築しない建築家」として知られていたが、1988年に「ベルリン・ユダヤ博物館」のコンペに当選して、2001年に、ドイツ・ベルリンに「ユダヤ博物館」(下の写真)がオープンした。

ユダヤ博物館.jpg

1991年7月、ベルリン市議会上院は、 ドイツ再統一後の東西統一にかかる費用や将来のベルリン・オリンピック誘致にかかる費用が巨額になることから「ユダヤ博物館建設」を取りやめる決議を行った。しかし彼は世界の報道機関や文化人らに危機を訴えて、各国の多くのユダヤ系政治家らからの支持を得て、1991年10月にベルリン市は上院決議を覆して「ユダヤ博物館建設」を進める決定を行った。
そして、1992年に工事を着工して、1999年に完成した。

ユダヤ博物館2.jpg

引きさかれたようなジグザグで、あちこちに切れ目の入った傷だらけの建物のようである。(上の写真)
1998年には、ドイツ・オスナブリュックに「フェリックス・ヌスバウム美術館」(下の写真)が完成した。

フェリクス美術館.jpg

この建物は、オスナブリュック出身のユダヤ人画家で、アウシュビッツで亡くなった「フェリックス・ヌスバウム」の作品を収めた美術館である。 元々あった市の歴史文化博物館を拡張して整備がなされ、彼は「出口のない美術館」というテーマでこの建物を設計した。
13年後の2011年に、拡張工事が行われた。(下の写真)

フェリクス美術館拡張.jpg

この拡張工事によって、「フェリックス・ヌスバウム・ホール」は新たに作ったブッリジとエントランスホールがつながることとなった。
2002年には、イギリス・マンチェスターに「帝国戦争博物館」(下の写真)が完成した。

帝国戦争博物館.jpg

この建物は、世界の紛争によって引き裂かれた断片が集積されて、断片が外に突き出されているようなイメージの建物である。建物は、3つの断片が組み合うかたちで配 置され、「大地の断片」は広々としたフレキ シブルな博物館の空間となっていて、地上で繰 り広げられる紛争や戦争を表現している。「空の 断片」では、そこに映し出される映像、展望室 と教育のための空間などで博物館へのドラマテ ィックな導入部になるように設計されている。
2006年に、アメリカ・デンバーに「デンバー美術館」増築で「フレデリック・C・ハミルトン館」(下の写真)が完成した。

デンバー美術館増築.jpg

デンバー美術館は、1954年に現在の「モーガン・ウィング」が完成し、1971年にイタリア建築家「ジオ・ポンティ」が設計した現在の「北館」が完成した。そして、2006年に、彼が設計した「フレデリック・C・ハミルトン館」が完成して、大きく拡張した。この建物は、ロッキー山脈の山々とふもとの岩水晶をモチーフとした外観の建物である。
2007年には、カナダ・トロントに「ロイヤル・オンタリオ博物館」(下の写真)が完成した。

オンタリオ博物館.jpg

1914年に始まった「ロイヤルオンタリオ博物館」の既存の建物から新しい建物が突き出したように増築された。現在、この建物は、「マイケルルーチンクリスタル」と呼ばれている。
2011年には、ドイツ・ドレスデンに「軍事歴史博物館」(下の写真)の増築が完成した。

軍事歴史博物館.jpg

この新しい建物は、既存の建物のシンメトリーを分断するように建てられ、透き通ったような構成によってオープン性と透明性をもったファサードになっている。対照的に既存の建物は不透明さと剛性とはもったファサードになっている。
最後に、世界的ニュースとなった2002年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件によって破壊された「ワールドトレードセンター」の跡地に「ワールドセンター再建コンペ」に彼の作品は当選したが、建設の段階になって土地の保有者とビルの保有者などの思惑の絡みよって彼の描いた高層ビルは建つことはなく、結果的にマスタープランのみの実施になった。この時の高層ビルの名称は、「フリーダムタワー」(下の写真)であった。

フリーダムタワー.jpg

2009年に当初の「フリーダムタワー」から「1ワールドトレードセンター」(下の写真)に改称した。

ワンワールドトレードセンター.jpg

地上に伸びる高層タワーの設計は、各々「SOM」、「槇文彦」、「ノーマンフォースター」らによって行われ7棟の建設が行われているが、現在五棟のみ完成している。

今回は、「ダニエル・リベスキンド」、「Widipedia」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考





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posted by 墨水 at 04:34| Comment(0) | 建築・インテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月03日

ジオ・ポンテの建築

彼は、1891年にイタリア・ミラノで生まれた。1914年にミラノ工科大学に入学し、1921年に卒業した。
1921年に、ミノ・フィオッキとエミリオ・ランチャとともに建築事務所を設立。
1923年には、イタリアの陶器メーカーの「リチャード・ジリノ」社のアートディレクターを務めた。
1926年に、イタリア・ミラノに「ジョヴァンニ・ランダッチョ通りの集合住宅」(下の写真)を完成させた。

ランダッチョ通りの住宅.jpg

この建物は、共同事務所時代の作品である。
1926年に、フランス・ガルシュに「トニ・H・ブーイエ邸」(下の写真)が完成した。

空飛ぶ家.jpg

イタリア以外での初仕事であり、この建物は「空飛ぶ天使」と命名され、建設地であるのガルシェの地は、ル・コルヴュジエの「ヴェラ・シュタイン」(下の写真)を始めとする実験的な建築で有名な所である。

le-corbusier-villa-stein.jpg

ル・コルヴュジエの建築思想の一部が垣間見られる建物である。
1928年に、彼は定期刊行誌「ドムス」を創刊した。
1930年に、イタリア・ミラノに「ドメニキーノ通りの集合住宅」(下の写真)が建設された。

ドミニケーノ通りの住宅.jpg

この建物は、歴史的装飾をやめて、現代的な表現でよりシンプルな方法をとっている。
1936年に、イタリア・ミラノに「カサ・ラポルテ」(下の写真)が完成した。

カサラポルテ.jpg

この建物は、ミラノの見本市地域に位置し、現在オフィスビルに改装されている。
1938年に、イタリア・ミラノに「第1モンテカティーニ・オフィスビル」(下の写真)が完成した。

第一モンテカティーニビル.jpg

この建物外壁に使われている大理石は、チポリーノ・リガート大理石を石理に逆らって切り、「テンペスタ」と名付けた新しい種類の大理石を発明した。
1951年には、「第1モンテカティーニ・オフィスビル」の目と鼻の先に「第2モンテカティーニ・オフィスビル」(下の写真)を完成させた。

第二モンテカティーニビル.jpg

この建物は、正面を見るとファサードは全面ガラスで出来ているように見え、側面からはすべてアルミニュームの面が見えるようになっている。
1956年に、ミラノに「ピレッリ・タワー」(下の写真)が完成した。

ピレッリタワー.jpg

この建物は、「第1モンテカティニ・オフィスビル」が勝手にオーナーが設計バランスを無視して1階分増築したことを踏まえて、「完結された形態」を選び、建物も高さも幅も拡張出来ないように設計されている。
1964年には、ミラノの「サンフランチェスコ教会」が完成した。

フランチェスコ教会.jpg

横の棟と結びつけられた正面ファサードを後退させることによって、前庭を広場風にして教会外部の中心とした。
1971年には、イタリア・タラント市に「タラント大聖堂」(下の写真)が完成した。

タラント大聖堂.jpg

この教会は、急速に発展する市の新興住宅街に造られた礼拝堂で、生母マリアに捧げる共同大聖堂である。
1971年に、アメリカ・デンバーに「デンバー美術館」(下の写真)がオープンした。

デンバー美術館.jpg

2006年に、「ダニエル・リベスキンド」によって、「フレデリック・C・ハミルトン館」が増築されている。

彼は、1979年にイタリア・ミラノで亡くなった。

今回は、「グラツィエッラ・ロッチェッラ ジオ・ポンティ」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考

ポンティ NBS-J -





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posted by 墨水 at 17:05| Comment(0) | 建築・インテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月22日

ガエ・アウレンティの建築

ガウ・アウレンティはイタリアの建築家であり、インテリアデザイナー、照明・インダストリアルデザイナーでもあります。
彼女は、1927年にイタリアのウーディネ県パラッツォーロ・デッロ・ステッラに生まれ、1954年にミラノ工科大学建築学部を卒業した。
1955年から雑誌「カサベラ・コンティヌイタ」の編集に携わる。
1960年から1962年まで、ヴェネツィア建築大学で教鞭をとり、1964年から1969年にかけてミラノ工科大学建築学部で教鞭をとった。
1966年にパリにある「オリベッティ社のショールーム」を手掛ける。(下の写真)

ガエ・アウレンティ(オリヴェッティ).jpg

彼女のデザインしたテーブルランプ「キングサン」(下の写真)がオリベティ社のタイプライターを照らしている。

ガエ・アウレンティ(キングサン)3.jpg

1980年には、1900年に開催された「パリ万博博覧会」のために造られた終着駅「オルセー駅」を美術館にリノベーションする内装デザインコンペに入賞した。そして、1986年に「オルセー美術館」(下の写真)として完成した。

ガエ・アウレンティ(オルセー美術館)2.jpg

「オルセー駅舎」は、1900年に建築家「ヴィクトール・ラルー」の設計で完成した駅およびホテルの建物であったが、その後長くなった列車にプラットフォームが対応できない上に、細々と営業していたホテルも1973年に閉鎖されたために、駅舎の解体が決定したが、解体直前になって市民による解体反対運動によって保存が決まった。(下の写真)

ガエ・アウレンティ(オルセー美術館)3.jpg

1982年にフランス・パリの「ポンピドー・センター国立近代美術館」の展示空間の改修に着手し、1985年に完了した。
この「ポンピドー・センター」(下の写真)は、1971年に国際コンペによって「レンゾ・ピアノ」と「リチャード・ロジャース」の共作が入賞し、1977年に完成した総合文化施設である。他には図書館も入っている。

ガエ・アウレンティ(ポンピドーセンター).jpg

「国立近代美術館」の展示空間の使用勝手があまり良くなかったので、10周年を前にして展示空間の可動間仕切りを止めて固定展示場に改修した。
1985年には、ヴェネツィアの「パラッツォ・グラッシ」の改修を行った。
この建物は、1649年に建設を計画したが、設計者が完成前に亡くなり進まなかったが、「ジョルジョ・マッサーリ」が後を引き継ぎ、1772年にてて物は完成した。そして、1978年からは美術館として売却されるまで使用していた。
1983年に「フィアット」社がこの建物を購入して、「ガエ・アウレンティ」に改修を依頼し完成したが、2006年にフランスの「フランソア・ピノー」がこの建物を購入して、日本の「安藤忠雄」に設計を依頼し、2006年に完成した。(下の写真)

ガエ・アウレンティ(パラッツォ・グラッシ).jpg

「安藤忠雄」は、彼女の改修した部分をすべて撤去して元の建築に還すところからはじめ、今回のリノベーションを行った。
2004年には、スペイン・バルセロナにある「カタルーニャ美術館」(下の写真)のすべての改修が完了した。

ガエ・アウレンティ(カタルーニャ美術館)1.jpg

この美術館の建物は、1929年に「バルセロナ万博政府館」として建てられた「国立宮殿(パウラ・ナシウナル)」(下の写真)である。その後の1934年には、この建物内に「カタルーニャ美術館」を設立させた。そして、1990年からは新たな美術館としての改修に入り、1992年の「バルセロナオリンピック」には、大ドーム部分をオープンさせた。その後も改修を続けて2004年にすべてが完成した。

ガエ・アウレンティ(カタルーニャ美術館)2.jpg

その他にも「サンフランシスコ・アジア美術館」など多くの美術館の改修工事を行っていて、彼女は「マダム美術館」と呼ばれた。
2005年には、東京・九段下に「イタリア文化会館」(下の写真)を完成させた。

ガエ・アウレンティ(イタリア文化会館).jpg

この建物前身は、1941年に三井財閥の所有地の寄贈から始まり、第二次世界大戦で活動を中断した。そのうえ東京大空襲で建物は焼失してしまった。戦後だいぶたった1959年に活動再開し、1960年に新しいホールが完成した。しかし、その後老朽化が進んで来たために、新築の建て替えを考え、2005年に完成した。
完成当時は、この真っ赤なファサードが問題になり、皇居周辺の景観を破壊するとして議論を巻き起こした。
1991年に、第3回建築部門の「高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞した。
2012年に、イタリアミラノで逝去された。

今回は、「高松宮殿下記念世界文化賞HP」、「Wikipedia」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!


☆参考






posted by 墨水 at 15:16| Comment(0) | 建築・インテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする