2017年07月19日

リチャード・マイヤーの建築U

前回に続いて、リチャード・マイヤーの建築を紹介します。
今回は、1997年の「ゲッティセンター」以降の建築の紹介です。
1999年に、シンガポールに、「カムデンメディカルセンター」(下の写真)を完成させた。

カムデンメディカルセンター.jpg

この18階建ての建物は、1階に小売スペースを持つ医療スイートとオフィススペースを収容しするように設計された。外周部は、ブリーズソレイユと水平フレットサンスクリーンで太陽からの熱を遮断している。
2000年に、アメリカ、アリゾナ州フェニックスに「アメリカ合衆国裁判所」(下の写真)が完成した。

アメリカ裁判所.jpg

フェニックスのダウンタウンに位置するこの建物は、L字型のコアブロックに面して、スチールとガラスのアトリウムのような6階建てのファサード持つ建造物である。この建物と同じ時期に、ニューヨークイスリップに彼の設計で「アメリカ裁判所」が完成している。
2003年には、イタリア、ローマに「ジュビリー教会」(下の写真)が完成した。

ジュビリー教会.jpg

この建物は、第264代ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の意志によって建てられた教会でローマ中心部の外にあります。
2004年に、ドイツ、バーデンバーデンに「フリーダブルダ博物館」(下の写真)を完成させた。

ブルダ博物館.jpg

この建物は、四季折々の花と樹木に彩られた美しい公園「リヒテンターラー・アレー公園」の景観と融合するように、又、既存の企画展示専用の州立美術館「クンストハレ」の伝統的外観と調和するようにして建てられた。この美術館と「クンストハレ」は、ガラス張りの橋でつながっている。
2006年に、イタリア、ローマに「アラパチス美術館」(下の写真)が完成した。

アラパチス美術館.jpg

この美術館は、1939年に現在の地に移設した「アウグストゥスの平和の祭壇」である「アラパチス」を取り囲むようにして建てられた。
2007年には、ドイツ、ローランに「アルプ博物館」(下の写真)を完成させた。

アルプ博物館.jpg

この美術館は、ライン川沿いに建つローラン駅の高台側に建てられ。下車すると地下トンネルの入り口があり、高台にある「アルプ博物館」まで地下トンネルを通ってエレベーターで行くことが出来る。(下の図)

アルプ博物館2.jpg

この美術館は、ダダイズムの彫刻家「ハンス・アルプ」と妻の「ゾフイー・アルプ」の作品展示のために建てられた。
2008年には、アメリカ、ニューヨーク、イサカにある「コーネル大学」に「ウィールホール」(下の写真)を完成させた。

コーネル大学.jpg

この建物は、コーネル大学のゲノミクスイニシアチブの基盤となる建物で、ゴールドリード認定を受けていて、建物と敷地利用の環境性能を高く評価されている。

今回は、「Wikipedia」、「高松宮殿下記念世界文化賞」、「リチャード・マイヤーHP」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考





posted by 墨水 at 11:06| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

リチャード・マイヤーの建築T

リチャード・マイヤーは、1934年にアメリカ、ニュージャージー州ニューアークに生まれた。
1957年にコーネル大学を卒業し、1959年に「ディヴィス・ブロディ・アンド・ヴィシニェフスキー事務所」に勤務し、1960年「SOM」に勤務、1961年からは、「マルセル・ブロイヤー・アンド・アソシエイツ」に勤務し、1963年にニューヨークに事務所を開設した。
1983年に、アメリカ、ジョージア州アトランタに「ハイ美術館」(下の写真)が完成した。

ハイ美術館.jpg

外観及び内装共に白の透明性のある空間を実現した。室内のアトリウム空間は、「フランク・ロイド・ライト」が設計した「グッゲンハイム美術館」の中央空間にインスパイアされて設計した。アトリウム空間のランプシステムは、中央空間の循環とギャラリー空間の分離によってアトリウム壁に窓を設けて自然光を取り入れ光の空間をつくった。又、窓から街の景色を眺めることもできるよう設計された。
1985年に、ドイツのフランクフルトに「工芸美術館」(下の写真)が完成した。

工芸博物館.jpg

マイン川のほとりにある新しい文化地区の一部として設計された。ここでは、白のホーロー鋼板の外観と無数の窓の配置によって内部に明るい空間を構成させている。
1992年に、フランスはパリのセーヌ川畔に「カナル・プリュス本社ビル」(下の写真)が完成した。

カナルプラス本社ビル.jpg

白のホーロー鋼板の外壁とガラス開口部で構成されたのは、フランスのテレビ局「カナル・プリュス」の本社ビルである。
1983年には、ドイツのバーデン・ヴェルテンベルクのウルム市に「ウルム市展示・会議ビル」(下の写真)が完成した。

ウルム市展示会場センター.jpg

この建物は、ミュンスタープラッツ(広場)の中に建てられているために、ミュンスター(ウルム大聖堂)とミュンスタープラッツ(広場)を眺めることが出来る。
1995年には、スペイン、バルセロナに「バルセロナ現代美術館」(下の写真)が完成した。

バルセロナ現代美術館.jpg

この美術館は、「MACBA(マクバ)」と呼ばれていて、主にコンテンポラリーアートを展示している。通路に面した開口部が大きいために室内に差し込む光によって明るい空間を醸し出している。
1995年には、オランダのアムステルダム、ハーグに「ハーグ市庁舎と中央図書館」(下の写真)が完成した。

ハーグ市庁舎.jpg

連続した巨大な構造の建物は、南東にコンサートホール、ホテル、舞踊劇場、南に多文化文化センターがあり、ヘーグの新市街地を形造っている。この建物の中には、主要公共図書館、評議室、カフェ、展示スペース、結婚式場があり、市庁舎は、一番明るいパブリックガレリア(アーケード)の両側にオフィススペースとして配置されて、一階にショッピングモールのような大型ビルとして構成されている。
1996年に、アメリカ、カルフォルニア州、ビバリーヒルズに「テレビとラジオの博物館」(下の写真)が完成した。

テレビラジオ博物館.jpg

この2階建ての建物は、既存の建物の改装と再編成の結果、通りに面して建てられ、自然光によって内部空間を明るく照らして空間に広がりをもたらしている。
1997年に、アメリカ、カルフォルニア州、ロサンゼルス、サンタモニカ山脈沿いに「ゲッティセンター」(下の写真)が完成した。


ゲッティセンター.jpg

丘の上に現代のアクアポリスを彷彿とさせるように建てられた建築群が「ゲッティセンター」である。ドラマチックなデザインの建物には、現代アートの名品を展示するギャラリーが連なっています。
この建物郡は、石油王ジャン・ポール・ゲッティの収集した美術品を収容するために、1997年に完成した。それ以前に、ゲッティ氏自身が、1974年に「ゲッティ・ヴィラ」を完成させて美術品を収容しようとしたが、完成を待たずに亡くなれらた。彼の死後、彼の遺産管理をした「ゲッティ財団」が、1993年に「ゲッティ・ヴィラ」の改修の必要が生じたことから、数多くの美術品を2か所に分散して収容することに決定して、1997年に「ゲッティセンター」を完成させた。「ゲッティ・ヴィラ」の取集品を「ゲッティセンター」に一部を移転収納して、「ゲッティ・ヴィラ」の改修を行った。「ゲッティセンター」で公開されているギャラリーは、東・西・南・北館の4か所の常設館の他に、企画展を行う展示館がある。(下の写真)

展示ギャラリー.jpg

写真中央のロタンダ(円形建物)を中心に左側に展示館、右側に北館があり、南側に向かって他のギャラリーが続いている。これらの建物は、本来は彼が好む白一色で仕上げル予定でいたが、周辺住民の反対を受けて、外壁はベージュ色の石灰岩で仕上げれれた。中央のロタンダは、白一色であるが、おそらく周辺から見えない位置に建てられているのではないかと推測する。

今回は、「Wikipedia」、「高松宮殿下記念世界文化賞」、「リチャード・マイヤーHP」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考




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posted by 墨水 at 21:24| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

坂茂の紙の建築

今回は、前回に引き続き坂茂の建築を紹介いたします。今回は、紙管を使用して建てられた「紙の建築」を紹介します。紙管は、ニューヨーク近代美術館が企画した「アルヴァ・アアルトの家具とガラス展」の会場を構成する時に、予算的な制約と解体を考えての使用したのが始まりである。
その後、「紙の建築」は、1989年に名古屋で行われた「世界デザイン博覧会」で建てられた「水琴窟の東屋」(下の写真)で実施された。

水琴窟の東屋.jpg

この「紙の建築」は、名古屋市制100周年を記念して開催された博覧会で生まれた仮設建築である。
1990年に、神奈川県の小田原市に「小田原市市制50周年イベント」の多目的ホール「小田原パビリオン」(下の写真)が建てられた。

小田原パビリオン.jpg

この建物は、市長からの木造建築という要望に「進化した木」としての紙管の使用を提案して建てられた。設計期間内に建築基準法の38条認定を取ることが出来なかったために、鉄骨柱にスペースフレームの屋根をのせ、紙管は風圧のみを受ける自立した内外装材として使用した。
1994年に、東京都渋谷区にファッションデザイナーの三宅一生のギャラリー「紙のギャラリー」(下の写真)が完成した。

紙のギャラリー.jpg

この建物は、「紙管」を恒久的な構造材として使用した初めての建築で、建築基準法の38条認定を取得して建てられた。
1995年に、山梨県山中湖に彼の別荘として「紙の家」(下の写真)が完成した。

紙の家.jpg

この建物は、「紙のギャラリー」より先に建築基準法の38条認定を取得していたが、竣工が「紙のギャラリー」より後に完成した。
1995年1月17日に発生した「阪神淡路大地震」の後に、神戸市長田区に完成したのが「紙の教会」であり、あくまでも仮設建築であり、2005年に解体された。しかし、2008年には、台湾、桃米村に「ペーパードーム台湾」(下の写真)として、移築再建された。

ペーパードーム.jpg

この建物は、1999年に台湾で発生した「台湾集集地震」によって被災した桃米村の復興再建の一環として移築再建された建物である。
2000年には、ドイツ、ハノ―バーの「国際博覧会」で「日本館」(下の写真)が紙管で建てられた。

ハノーバー1.jpg

「ハノーバー博覧会」の主要なテーマは「環境」で、日本パビリオンの基本コンセプトは、解体されたときに発生する産業廃棄物を出来るだけ発生させない素材で作ることであり、この建物で使用した材料のほとんどは、リサイクルまたは再利用することが出来た。
2013年に、ニュージーランドで発生した地震で、「クライストチャーチ」が被災したことによって造られた仮設の「紙のカテドラル」(下の写真)が完成した。

紙のカテドラル.jpg

地震は、2011年2月22日に発生した「カンタベリー地震」で、街のシンボル的存在であった「クライストチャーチ大聖堂」が深刻な被害をもたらしたことで、仮設のカテドラルが完成した。

今回は、「Shigeru Ban Architects」他を参考に紹介しました。

今回は、ここまで!!

☆参考




posted by 墨水 at 03:46| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする