2018年06月16日

スノヘッタの建築T

「スノヘッタ」は、1987年に別々に設計されがちな建築とランドスケープを一つの設計過程におさめようというアイデアの下で、ランドアーキテクトと建築家が共同作業をするための事務所をつくった。事務所は、オスロのストルガータにあるビアホールの上層階に置かれ、このビアホールはドブレ山地にちなんで「ドブレホルン」と呼ばれていたので、ドブレ山地の最高峰スノヘッタにちなんで「スノヘッタ・建築ランドスケープ」と名付けた。「スノヘッタ」は、1989年に「新アレクサンドリア図書館」のコンペをきっかけに、再結成された。「新アレクサンドリア図書館」(下の写真)は、2001年に完成した。

新アレクサンドリア図書館.jpg

2300年前に、古代最大かつ最高の学術機関として栄えた「アレクサンドリア図書館」は、戦火と略奪によって失われてしまったが、この古代の学問と博識の中心地としての輝きを取り戻そうと、「ユネスコ」と「エジプト政府」が、共同で建設したのが「新アレクサンドリア図書館」である。
円形の傾斜した形を特徴とするこの建物は、直径160m、高さ32mにも及んでおり、地面に約12mもぐりこんでいる。オープンな広場と反射池が建物を取り囲み、近くにある「アレクサンドリア大学」に歩道橋でつながっている。

2008年に、ノルウェー、オスロに「オスロ・オペラハウス」(下の写真)が完成した。

オスロオペラハウス.jpg

「オスロ・オペラハウス」は、オペラハウスの敷地及び建物の屋上までを開放して、広く市民が活用する広場にして、公共空間の一部にした。それによって、オスロ市民の所有意識が高まり、より一層公共空間の広場となる。そして、地表から屋上までアクセスするこの空間が、あたかも「絨毯(ザ・カーペット)」の上を歩き、憩えるような空間にとなった。

2013年には、アメリカ、ノースカロライナに「ジェームズB・ハントJr.図書館」(下の写真)が完成した。

ジェームズハントJr図書館.jpg

「ノースカロライナ州立大学」は、正式にノースカロライナ州に「ジェームズB・ハントJr.図書館」新築し、献呈しました。「ジェームズB・ハントJr.図書館」は、ノースカロライナ州の第2の主要図書館として、又大学のセンテニアル・キャンパス計画の一部として、知的で社会的な面の両方を兼ね備えて設計された。この図書館には、元ノースカロライナ州知事「ジェームズ・ハント」が率いる政治的なシンクタンク、学術機関と講堂も備えている。そして、自動書籍配信システムである「ブックボット」を使用した近代的な図書館である。

2014年には、アメリカ、ニューヨークに「ナショナル・セプテンバー11メモリアル&ミュージアム」(下の写真)が完成した。

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「パビリオン」の宝石のような縞模様のファサードは、周囲の都市環境との視覚的かつ建築的なつながりを提供し、訪問者に強い共鳴を与えることを意図して設計された。「メモリアル・プラザ」の平らな地面に穿孔された「アトリウム・オブ・ザ・パビリオン」から地下にあるグレードの「ミュージアム」に入って、下から見上げると青空を仰ぎ見ることができる。

2015年に、カナダ、トロントにある「ライアソン大学」の「学生学習センター」(下の写真)が完成した。

ライアソン大学学習センター.jpg

この建物は、南向きの盛り上がったプラットフォームから始まり、大規模な集まりや一人一人の座席が、多くの歩行者のために開放している。「パーツプラザ」、「パーツポーチ」と高められたこの空間は、学生と一般市民が共有して、歓迎されながらも保護された都市の一部をつくっている。それによって、学生たちに社会性を与えるために空間になっている。建物のファサードは、デジタル印刷されたフリットガラスで構成されている。

2016年には、ノルウェー、リレハンメルに「新リレハンメル美術館」(下の写真)が増築された。

リレハンメル美術館.jpg

「リレハンメル美術館」は、1963年にノルウェーの建築家「エリング・ヴィクショ」の設計によって完成した。1994年に、「スノヘッタ」によって博物館の拡張が行われた。その時に、建物の間のスペースを芸術家「バード・ブレイビク」と共に、「アートガーデン」として完成させた。2016年の増改築によって、子供達のワークショップの屋根に、芸術家「バード・ブレイビク」によって彫刻された磨かれたステンレススチールのファサードを備えたボックスをのせて、新たなシンボルとした。美術館拡張と2つの映画館に拡張・増築を行われた。

リレハンメル美術館2.jpg

エントランスファサードは、既存建物のスタイルを維持するようにリニューアルし、前回移動した玄関を映画館の前に戻すことで、玄関ホールにある「タンベルグ」の壁画が、再び街の一部になるように設計された。
その後の「スノヘッタ」の建築は、次回で紹介します。

今回は、「Wikipedia」、「スノヘッタ」HPを参考に紹介しました。

☆参考

○「図書館の興亡ー古代アレクサンドリアから現代まで」


○「オスロ・オペラハウス」

○「スノヘッターピープル・プロセス・プロジェクト」




posted by 墨水 at 17:05| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月02日

トーマス・ヘザーウィックの建築

彼は、イギリス、ロンドンに1970年に生まれ、「マンチェスター工科大学」、「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート」で3Dデザインを学び、1994年に「ヘザウィックスタジオ」を設立した。
2004年に、イギリス、ロンドンの「ガイ病院」の「エントランスの外装」(下の写真)が完成した。

Boiler-suit-.jpg

「ガイ病院」のファサードとボイラーの周りを包む「ボイラースーツ」は、108のオーダーメイドのステンレスタイルのパネルで構成されている。
2007年に、イギリス、リトルハンプトンに「イーストビーチ・カフェ」(下の写真)が完成した。

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工場で加工された2つの鋼製の構造体を組立て、溶接接合して組み立てた建築物である。内部は、硬質発泡断熱材を吹付け断熱処理の後に内装仕上げをしている。建物とは思えない、オブッジェのような構築物である。
2010年には、中国、上海に「バンドファイナンスセンター」(下の写真)が完成した。「ノーマン・フォースター」との共同設計である。

バンドファイナンスセンター.jpg


このセンターは、国​​際芸術・文化交流の場として、またブランドイベント、製品立ち上げ、企業機能のための展示会場としての場所として建てられた。建物は、変化する建物の使用目的用途に応じて、バルコニーの舞台やプドンの眺めを良くするためにの稼働ベールによって囲まれている。



2013年、シンガポールの「ナンヤン工科大学」に「ラーニングハブ」(下の写真)が完成した。

ラーニングハブ.jpg

57ある教室を12の塔に納め、それらを通路によって連結し、その外側に中庭の吹き抜け空間設けた構造になっている。外壁、柱などは、すべてプレキャスト版で覆われている。
2014年に、イギリス、ハンプシャーにある「ボンベイサファイヤ蒸留所」の「グラスハウス」(下の写真)が完成した。

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ジンに使われる10種のボタニカル(植物)のための「グラスハウス」で曲面のガラスドームによってメインの蒸留施設と繋がるようにデザインされている
2011年と2015年に、中国、香港に「パシフィックプレイス」(下の写真)が完成した。

パシフェックプレイス.jpg

「パシフィック・プレイス」は、香港島のビジネスエリア「金鐘(アドミラルティ)」の中心に位置する大型複合施設である。香港西武を始めとする3つのデパートと160店舗以上が入るショッピングモール、そして映画館、4つの5つ星ホテル、さらにサービスアパートメントと3つのオフフィスビルが併設されている建物である。
2017年に、南アフリカ、ケープタウンの「V&Aウォーターフロント」に「ツィッツアフリカ現代美術館( MOCAA)」が完成した。

Zeitz-Museum2.jpg

1924年に建てられた高さ33mの穀物サイロと隣接するエレベータービルを、歴史的な意義に配慮しながらサイロを彼のデザインによって、現代美術館に生まれ変わった。

今回は、「トーマス・ヘザーウィック」HP、「Wikipedia」他を参考に紹介しました。

☆参考

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posted by 墨水 at 09:45| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

ピーター・アイゼンマンの建築

「ピーター・アイゼンマン」は、1932年にアメリカ、ニュージャージー州に生まれ、「コーネル大学」を卒業して、「コロンビア大学建築大学院」に入学し、1957年に卒業した。
卒業後、「ハーバード大学」、「プリンストン大学」、「オハイオ州立大学」の教授を歴任した。
1968年に、ニュージャージー州に「住宅第1号」を完成させ、次々と「住宅シリーズ」を完成させた。
1980年には、自分の設計事務所を開設した。
1989年に、オハイオ州コロンバスに「オハイオ州立大学・ウェクスナー芸術センター」(下の写真)を完成させた。

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この建物は、教師と理論家の両方で知られていた彼が、最初に設計した主要な公共建築物であった。デザインには、建築家脱構築主義的な意味と、調和した不完全感を建物に与えるために、大きな白い金属のグリッドを建物の脇に設置した。
1993年には、オハイオ州コロンバスに「グレーター・コロンバスコンベンションセンター」が完成した。西面のファサードは、個々の建物が立ち並んでいるようなファサードをしている。(下の写真)

コンベンションセンター.jpg

オープン後、コンベンションスペースの需要が増えたために、2001年に北側部分に増築施設が追加されオープンした。増築施設のデザインは、オリジナルデザインの要素を暗示しているが、独自のデザインをもっている。
1996年に、オハイオ州シンシナティに、「シンシナティ大学・アロノフ・デザイン芸術センター」(下の写真)が完成した。

シンシナティ大学.jpg

「アロノフ・デザイン芸術センター」は、2つの建物の間につなぐように建てられた建物である。傾斜したような外観が、彼のデザインの特徴でもある。

2005年には、ドイツ、ベルリンに「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」(下の写真)が完成した。

ベルリン記念碑.jpg


ドイツは、ベルリンのブランデンブルク門の南側に開設されたこの記念碑は、1万9073uの敷地にグリッド状に並ぶ2,711基のコンクリート製の石碑である。厚み0.95m・横幅2.38mのブロックが、多様な高さ(0m〜約4.5m)で連なるように並べられている。この地下には、ホロコーストに関する情報センターがあり、イスラエルの記念館「ヤド・ヴァシェム」が提供したホロコースト犠牲者の氏名や資料などが展示されている。この場所は、プロイセン王国からドイツ帝国を経てナチス・ドイツに至るまでの時期には、政府高官の官邸や官庁が立ち並んでいた。大戦のベルリン市街戦で破壊された後は、廃墟が残り、1960年代にはベルリンの壁建設によって廃墟が撤去され広大な無人地帯となっていた。
2006年には、アメリカ、アリゾナ州グレンデールに「ユニバーシティ・オブ・フェニックス・スタジアム」(下の写真)が完成した。

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このスタジアムは、2006年の開場時には、「カーディナルス・スタジアム」の名称であったが、同年に「フェニックス大学」の命名権取得によって現在の名称となった。この建物自体は、公共の施設である。
スペイン、ガルシアの「ガルシア文化都市」(下の写真)は、1999年に開始して、現在も進行中のプロジェクトである。

文化都市.jpg

当初、文化都市は、図書館、新聞図書館、音楽劇場、ガリシア歴史博物館等を予定していたが、2005年の政権交代後、見直しを行い、2011年にオープンしたのは、「図書館」と「公文書館」の二つの建物とされているが、実際に公開されているのは、「図書館」と「展示室」、そして「カフェ」のみのようである。


今回は、「ピーター・アイゼンマン」HP、「Wikipedia」他を参考に紹介しました。

☆参考



posted by 墨水 at 13:24| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする